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“ヒマラヤの桃源郷”ブータン・ダージリンの旅【長編】(広島営業所)

ドゥルクエアー2パロ空港ブータンのバスパロ・ゾンと修復中の国立博物館パロの町国王ご夫妻ド・チュラ垰プナカ・ゾンプナカ・ゾン2棚田風景御遺骨と粘土をまぜたツァツァインド産・目力トラック警笛鳴らせ!王宮と国会議事堂スクールバス下校途中活仏僧侶五体投地ブータン料理エマダツィブータンビンロウ石焼風呂・湯もみダージリンの茶畑ベンガル虎レッサーパンダトイ・トレインタイガーヒルの日の出カンチェンジュンガカンチェンジュンガ2カンチェンジュンガ3クトゥブミナール

 2月25日(火) より8日間の日程で、14名様のご参加をいただき、仏教王国ブータンと、紅茶の聖地ダージリンを訪れました。

  近年、GNH(国民総幸福量)のフレーズが話題になったブータン。

2011年には国王夫妻が来日され、被災地を訪れた映像はまだまだ記憶に新しいですね。

お誘いしてみると、“一度行ってみたいと思いながら機会がなかった” というお声をたくさんいただき、まだまだブータンの注目度が高いことを再確認したような気がしました。

  “アジア最後の秘境”というフレーズ。 周辺国の失敗を反面教師に、半鎖国体制のなかで環境・伝統文化を大切に守りつつ、かなり独自な発展の道を目指しているユニークな国であるからか?

経済、外交など、かなり厳しい現実にも直面しているそうですが。

 

最近ようやくブータン関連の本も増えてきましたが、まだまだわからないことが多い国・・・

皆様、各々のイメージを持ちながら、旅立ちました✈✈✈

   ところでブータンに関する本は、なかなか内容が難しいものが多いようですが、昨年末に高野秀行さんの「未来国家ブータン」という本を見つけました。

その本によれば、ブータンの農業省には石膏に固めた “雪男の足跡” が保管されており、結構その存在を信じる人も多いことを知って、私(添乗員)も軽い衝撃を受けました。

今回チャンスがあれば、ブータン人に “信じてるの?” と聞いてみたい! 秘かな思いを抱きつつ出発✈✈✈

 

  初日、わずか5時間足らずの滞在でホテルを後にし、ブータン国営ドゥルク航空で空路、パロへ。

標高2300mのパロ空港到着、気温は意外に暖かい24~25℃くらいでした(ただし、夕方になると急激に冷え込む)。

タラップを降りると、真っ先にイケメン国王、美人王妃のご夫妻 (巨大な看板ですが) がお出迎え下さいました。

 

入国後、これまたなかなかのイケメンコンビがお出迎え。

 トランクは荷物車に積み、若いドライバー・ハッパさんが運転する25人乗りトヨタ・コースターに乗車、ガイド・ドルジさんの案内で、国際空港のあるパロ、首都ティンプー、夏の離宮プナカをまわり、このコンビと、2~5日目まで、ブータンでの貴重な4日間を共に過ごしました。

 

  今回、お客様から“ダイエットツアー”“アドベンチャーツアー”と呼ばれたこの優雅な旅において、3日目に事件が・・・。

ティンプーからプナカ日帰り観光の道中に、工事中通行止めになる区間があること。

作業を休憩する30分の間のみ通行でき、それが1日に4回しかないこと。

それに合わせて出発しなければ、とんでもない待ちぼうけを食らう!! という事を知らされたのでした。

という訳で、計算して往復の出発時間を設定したにも関わらず、その帰りにまさかのハプニング発生!

工事区間が聞いていたより随分手前に移動?してきており、当然早く着きすぎて、あえなく1時間待ちを強いられることに。

 

 これは話が違う!しかし幸せの国だから、お願いすれば何とかなるかもと、ブータン交通警察に陳情に向かうと、すぐにドルジさんが後を追ってきました。

最初の若い警官はダメだ!の一点張りでしたが、ここを抜ければもう工事はないから我慢するように、とも。

それでも食い下がっていると、ついに往年の丹波哲郎さんを思わせるような大御所オーラをまとった上司が現れ  “道路工事はブータンの発展のため、訪れる旅行者のためでもあるし、時間のことは事前に告知している”  “先般、大臣でも皆と一緒に待ったのに、貴方達だけ特別扱いして通すわけにはいかない” などと圧倒的な口撃力。

あっさり戦意を喪失した私たちに “以前、このような場面に遭遇した国王が、私も待つとおっしゃって50分ほど待たれたことがあるんですよ” と言って、優しく微笑みました。

とどめの一撃をくらわされ、約3分、1ラウンドKO負け。トボトボとバスへ戻りました。

 

 通行止めに出くわした時、すでに1時間以上が過ぎており、そろそろブータン・ビアーの効き目が・・・。

どうしようかと思ったところ、皆様何のためらいもなく青空トイレへ。よく考えると、ほとんどの方がインド旅行経験者でした。

しかし、大渋滞の人混みの中で女性のお客様はさすがに・・・ との心配をよそに、何名かの方が、素人目には結構な急斜面に見える壁をシャッシャッとかけのぼり、野の花を摘みました。

数分後、ポーカーフェイスで下山。私は、あっけにとられるばかりでした。

また偶然か、その崖の下部からは、湧水が湧いていました。

  

その時、以前、私がインドにお誘いした女性のお客様に “青空トイレなんて簡単に言うけど、足が汚れるじゃないの?” と問い詰められ、 “う~ん、そうですねえ・・・” と不安を取り除いて差し上げられなかった時の事をふと思い出し、この機会にご教授願うことを決心。

 すると、そんなの訳ないよ!と実技をもって詳しく教えていただきました。

①両足を、ピッチャーがマウンドをならすような仕草で優しく穴を掘る。

②そこから、約5㎝後ろに立ち位置を定め、・・・・・・。

目から鱗、大変勉強になりましたが、ご指導いただいたお客様は、一昨年のシルクロードツアーでも 「流行語大賞」 を受賞されており、さすがの話術。 

約5分ほどのスーパープレゼンテーションに、言葉はわからないながらもブータン人たちも関心を惹かれたらしく、周りに集まっているほどの迫力でした。

 

 ようやく1時間後出発。 この時、比較的、穏やかなブータン人ドライバーが、我先にと、インド顔負けのカーチェイスを開始!

それまで、インド産の目力バッチリのド派手トラックが、 「BLOW HORN」 の文字もむなしく、スルスルと静かに走る姿が少々不気味なくらいに感じていましたが、この瞬間だけは、まるでインドと変わらない風景。

やっぱり、こんな穏やかなブータン人もせっかちになることがあるんだな~と、何故か安心しました。

 途中3,150mのド・チュラ垰でようやくトイレ休憩をとり、出発した後、恐ろしい事態に!

もう無いから、、と聞いていた工事通行止めに再びつかまり、峠で約2時間待ちですよ❤ とのこと。

 

これはもう待てん!とドルジさんも一緒にバス降りて、またもや交通警察に陳情へ向かいました。

ここで、いつも冷静沈着で頼もしいドルジさんが、珍しく弱気な一言を。 “さっきトイレ休憩をしていなかったら通れたと思う”と。

“そんなこと今言ってもしょうがないよ” と俄然闘志に火をそそがれつつ、関所へ。

今度は、初めからこれまた手強そうな大御所が立ちはだかり、周りでは待ちぼうけをくらったドライバー達が、こちらを見て、また懲りない奴が来たなあ~と笑っているような雰囲気でした。

  しかし、こちらも今度は闘志が全く違います。

 

“どこの国でも片側通行にして通行客へ配慮するもんだ!(たぶんですが)

ブータン警察は嘘をついたんだ! 今回はこちらも病人が乗っていると嘘をついてでも絶対通してもらうべきだ! というか、もうバスを呼んじゃうよ! 絶対通してもらうからね!”

と、ドルジさんに対する無茶な通訳願いを、何故か大御所と向き合った状態で、まくしたてる私。

その傍らで、それを穏やかに訳している (添乗員の言葉は全くカットされていたかも知れませんが) ドルジさん (お疲れ様でした)。

 

相手も、まるで村の酋長のように落ち着いた威厳ある言葉で返し、まったく引く様子が見られず。

しかしあくまで穏やかに丁寧に陳情するドルジさん。

これも長い戦いになる!と思われた時、突然、ドルジさんに “バスを呼んできてください” と告げられました。

  その後は、あっさりと遮断機があげられました。 やった! と思ったのも束の間、工事現場に入り込むと、砂を高く積んだ防車堤が3カ所に設置されていました。

が、これもブルドーザーであっさり撤収。かくして、何とか垰での2時間待ちぼうけは回避されたのでした。

 

 ブータン最後の夜、パロのホテルでは石焼風呂を体験いただきました。

“プリーズ!”の掛け声に応えて、ゴロゴロを音を立てながら、熱々の石が浴槽に落ちてきて (柵の向こう側)、 なかなかのスリルを体験されたの事。

また、寒かったためか、2~3人が限度かと思われる浴槽に一度に5人つかったとの事。 どう見ても入るわけがない!と思いきや、シシャモを頭と尾を交互に並べるようにして入った等々、皆様のエピソードを堪能させていただきました。

 

 ハプニングも満載だったブータン。 ドルジさん、ハッパさんとも名残惜しい気持ちでお別れ。

別れ際、ドルジさんに “あの時、通行止めを突破できたのは、どうやって説得したの?” と聞くと、 “病人がいると伝えた” との事。

きっと良い嘘もありますよね・・・。 大変ご無理を申しました。

 

いよいよブータンにお別れ、のはずが、数時間待っても飛行機が来ません。

退屈していると、お客様が、待合室の一角に、一流芸能人「D夫人」を発見。ラフな服装でなかなか気づかなかったですが、さすがに姿勢が美しく、服装もお洒落でした。スタッフの方に聞いたところ、「世界の日本人妻は見た」の取材とのこと。

一つ帰国後の楽しみが増えました。

 

 5時間後、ついに航空機到着!みな拍手喝采でした。

空路、バグドグラへ飛び、再びインドへ入国。コルカタからのガイド・ポールさんがお出迎え。バスでダージリンへ。

 日光いろは坂が3時間半続くような道にグッタリ、、、それに耐えて辿り着いたホテルでまたお湯が出ない! ダブルパンチ・・・。

インドではよくあることでも、ここは出て欲しかった・・・。

ドッと疲れが出て、フロントに何とかお湯が出してくれないか?と掛け合い、寒空の下、待つこと10分。

従業員が両手に並々とお湯の入ったバケツを下げて来てくれました。

残念ながら、疲れピークにつき、笑えず。

 

ダージリンは、ネパール人ガイド・キソールさんの案内で、ジープ4台に分乗して観光。

世界遺産のトイ・トレインは、驚いたことに屋根があるにも関わらず、一部の席にパラパラと石炭粉が降り続き、下車する頃には小さな黒い山が出来上がっていました。

先頭の席に座っていた少々頭髪にスペースの見られた外国人男性は、まるで頭にかける黒い粉を使用したように、下車頃には完全に仕上がっていたようです。

 

7日目の早朝、タイガーヒルへ。

本来6日目に行く予定を延長したため、気が気でならなったのですが、世界第3位カンチェンジュンガ(8598m)の見事な姿が望めました!

この日が視界がかなりよく、エベレストの頭まで見られました。感謝、感謝でいっぱいでした!

 また、いろは坂を下り、バグドグラ空港でポールさんとお別れ。フライトはほぼ定刻で、デリーではクトゥブミナールを観光して、ホテルで最後の夕食をとり、無事帰国しました。

 

 睡眠不足、高地による体力的な負担、そして今日も出ないお湯・・・。

皆様には大変なご苦労をおかけしましたが、早くお疲れがとれますよう願っております。

そして、旅を振り返って、楽しいエピソード、ブータンやダージリンの景色や出会った人々を思い出して、良かったなあと感じていただける、良き思い出が残れば、大変嬉しく思います。

 

気が利かない、知識不足、飲み過ぎ、一言(三言?)多い、プレゼントが下品等、多々失礼があり、申し訳ございませんでした。

 

 プナカのレストランで、ドルジさん、ハッパさん、レストランのオーナー(女性)に、雪男を信じるか? 聞いてみました。

2人は無いと思うと答えましたが、ドルジさんだけが “信じています。 でも、それは亡くなる前に見たりするものだと言われていて、不吉なので、あまり口にしたくないのです” と。

私が20代の頃なら、迷信深いと笑い飛ばしてしまったかも。 でも、今はそんなドルジさん、毎朝1時間もお祈りしてから出かけるドルジさんを見て、何かそんな人に安心感をもらってしまう自分に気づきました(年を取っただけか)。

皆さんは、ブータンを好きになっていただけたでしょうか?

本当に皆様のおかげさまで、無事、旅を終えることができ、有り難うございました。これに懲りず、またお会いできることを願っております。

 

 添乗員 佐古田寛太