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ベネルクス3国10日間の旅【長編】(広島営業所)

①アムステルダムの運河①アムス路面電車①アムステルダム公衆トイレ①自転車の町①ハウスボート②ヒートホルン②ヘッドロー宮殿③国立美術館③国立美術館(島根の金剛力士像)③国立美術館(デルフト焼き)③レンブラント(夜景)③フェルメール(牛乳を注ぐ女)③アムス中央駅と運河巡り③マヘレの跳ね橋③王宮とダム広場③ゴッホ自画像④ビネンホフ④マウリッツ・ハイス美術館④フェルメール(真珠の耳飾りの女)④王の執務宮殿④国際司法裁判所④北海④デルフト焼きドレス④キンデルダイク④キンデルダイク2⑤アントワープ中央駅1⑤アントワープ中央駅2⑤アントワープ市庁舎⑤アントワープ聖母教会⑤トヨタ寄贈フランダースの犬石碑⑤ルーベンスの家⑤ブリュッセル王立美術館⑤ギャラリア⑥ブリュッセル朝市⑤グランプラス⑤小便小僧⑤名物ムール貝⑤ベルギービール⑥モダーヴ城1⑥モダーヴ城2⑥モダーヴ城3⑥デュルビュイ1⑥デュルビュイ2⑥デュルビュイ3⑥デュルビュイ4⑥デュルビュイ城⑥オルヴァル修道院⑦ルクセンブルク1⑦ルクセンブルク2⑦ルクセンブルク3ヴェーブ城1グランプラス夜2グランプラス夜4⑦ブルージュ1⑦ブルージュ2⑦ボビンレース⑦ブルージュ3⑦ブルージュ4

 

15名様のご参加をいただき、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクを周遊する10日間の旅を催行させていただきました。

 

 

※以下、児玉先生の旅行記を、かなり参照させていただきました(ほとんど盗作です)。

 

 

福岡空港より、一昨年に就航したKLMオランダ航空直行便にて、アムステルダムへ。

 

当初は週3便であったのが、搭乗率が高く、平成26年から週4便になったそうです。

 

評判の良かった機内食は、アムステルダムのホテルオークラ監修のメニューだそうで、見栄えも良く、個人的には今までで一番良かった!かも知れません。

 

 

約11時間のフライトで、アムステルダムへ到着。

 

ガイドの湯山さんのお出迎えで、ホテルへ。

 

16時半頃にチェックインでき、お元気なお客様と少しアムステルダムの町を散策しました。

 

運河が多く美しい町で、路面電車も走っていて、少し広島に似ているかも?と思いました。

 

お好み焼きの代わりにパンケーキをよく食べるし、明治に入って宇品港を設計したのはオランダ人だったし。ちょっと、こじつけ過ぎか…

 

 

今回の旅では、いくつかの仮説が検証され、また新たな仮説が生まれました。

 

まず、プロテスタントの国は質素倹約の精神から、食事がおいしくないのでは?というネガティブな仮説は、3カ国を周遊して、どこもそんな大差がない…という皆様の感想によって“そうでもない”と検証されました。

 

ちなみに、歴史的にはプロテスタントが活躍したオランダですが、現在は国民の40%が“無宗教”だそうです(別の統計では55%、日本は52%となっていました)。

 

次に“外国人は傘をささない”という、かなり漠然とした、だから何なのか、よくわからない説を聞いたことがありましたが、確かに広島を訪れる外国人(特に欧米の方)は、結構な雨でもフードを被るくらいで傘をさしていない場面をよく見かけます。

 

傘は、アジア発祥のものなのか?しかし、オランダではたくさんのオランダ人が傘をさして歩いていましたので、“人による”事がわかりました。

 

ガイドさんによると、年間を通じて雨が多く、一日のうちでも天候がコロコロ変わりやすいので、多くの人が鞄に傘を入れてますよとの事。

 

オランダでも、きっと“弁当忘れても傘忘れるな”に代わる諺があるはずと後から思いつき、湯山さんに聞いとけばよかったと後悔しました。

 

 

以前、フランスのノルマンディー地方を訪れたときも、五月晴れというのに何となく海の色は暗く、少し陰鬱な淋しい印象を受けました。

 

湯山さんによると、オランダやイギリスは雨や霧が多く、冬の本当に暗くて長いですとのこと。

 

このような気候風土も、イギリス人やオランダ人の世界に飛び出してゆくパイオニア精神に影響したのかも知れません。

 

イギリスやオランダの東インド会社が活躍した時代、文明的に進んでいたのは両国ですが、豊かなのは圧倒的にアジアで、世界経済の中心は中でも中国でした。

 

アジアにはヨーロッパの人々が欲しいものがたくさんありましたが、その逆はほとんど無かったということです。

 

その差を埋めるためにアヘン戦争が起き、また北中南米の金銀がアジアとの交易に使われましたが、石見や生野の銀もこの時代に活躍しました。

 

世界の歴史を見て、暖かい豊かな地域の集団が、北国に攻め入った例はあまり無いような気がします。

 

 

ところで、アムステルダムでは自転車がとても多く、歩道の一部分が自転車専用となっており、かなりのスピードで自転車が走ってきて、そこに突っ立っていると非常に危険です。

 

珍しい自転車では、前に大きなかごが付いていて、荷物だけでなく子供を乗せているのに驚きました。

 

山の無い国で道路が平坦なため、また環境と健康にも良いため、自転車はオランダ人に好まれているそうです。

 

 

街中で面白い形の公衆トイレ(有料)を発見。

 

中に入らなかったのが惜しかったですが、やはり高い高い便器があったのかも知れません。

 

“子供も使うはずなのに何故こんな高い小便器を!?”と怒りに震えながら訴える日本のおじさん(私を含め)の意見はごもっともですが、この謎は未だ解明できていません。

 

 

街を歩いていると、全員というわけではないですが、時折、すごい巨人の男女とすれ違います。

 

背の高さは、オランダ、北欧あたりが世界一なのでは?と思います。オランダは格闘技王国と言われます。

 

柔道やレスリング、ボクシングではあまり聞きませんが、何故かキックボクシングでは、オランダがやたら強いのです。

 

 

 

 

2日目、午前は、ヒートホルンを観光。たくさんの運河沿いに葦葺きの民家が残る美しい風景が残る村で、約90分の運河クルーズをお楽しみいただきました。

 

 

昼食後は、オランダ王室ゆかりのヘット・ロー宮殿を見学して、ホテルへ戻りました。

 

 

町のレストランで夕食をおとりいただき、夜のアムステルダムを散策していただき、路面電車に乗車されたお客様も。

 

 

3日目、車窓から町の名所を眺め、円形の集合住宅を外から見学。

 

その後、2013年に10年ぶりに改修工事を終えた国立美術館で、フェルメールやレンブラントの作品を鑑賞。

 

 

その後、東京駅のモデルになった?ともいわれるアムステルダム中央駅前から、運河クルーズに乗船。マヘレのハネ橋、運河にひしめくハウスボートなどを見物。

 

 

名物パンケーキの昼食後、ダム広場近くのマグナ・プラザで買い物。

 

午後は自由行動でしたが、皆様揃ってホテル近くのゴッホ美術館を見学され、そのままマーラーゆかりのコンセルト・ヘボウで夕食をとって、ホテルへ。

 

 

4日目から、インドネシア移民2世のドライバーさんに代わり、デン・ハーグへ。

 

だいたいヨーロッパでは、車内での飲食やシートベルト着用については厳しく、アルコールはもってのほか!のはずでしたが、このバスにはハイネケンが積んでありました。

 

さすが自由の国オランダ!

 

 

デン・ハーグでビネンホフ(国会議事堂)を外から見学して、マウリッツハイス美術館で皆様念願のフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を鑑賞。

 

 

その後、王様の執務宮殿、小和田さんが裁判官を務める平和宮(国際司法裁判所)で写真撮影。

 

 

その後、北海に面したレストランで昼食をとりましたが、メインが牛肉でした!

 

島根の皆様は、わざわざビーチのレストランでビーフを出すなんて、ここにも隠岐と同じ“泳ぎ牛”がいたのか!? と驚いておられました。

 

 

食後、オランダを案内いただいた湯山さんとお別れ。バスに積んでいた自転車でアムステルダムまで帰るとの事でした。さすがオランダ在住!

 

 

午後は、デルフト焼き工房と世界遺産のキンデルダイク風車群を見学。

 

 

キンデルダイクの造船所で、咸臨丸が造られたそうで、日本ともご縁の深い場所です。

 

風車の内部を見学して、折り返そうとした時、すさまじい豪雨が降って来て、びしょ濡れとなりました。

 

 

キンデルダイクを出発して、ほとんど知らない間に国境を通過してベルギーへ入国。

 

 

夕刻、世界のダイヤモンドが集まる町アントワープに到着。

 

街中には、たくさんの伝統的衣装を身にまとったユダヤ人の方々が歩いていました。

 

 

 

5日目の朝、ホテルから歩いて“鉄の大聖堂”と呼ばれるアントワープ中央駅へ。

 

この日は土曜日でユダヤ教の安息日であったため、道中、礼拝へ向かう?ユダヤ教徒の方々を見かけました。

 

児玉先生から“ユダヤ人は土地を失ったため、ダイヤや金など価値の無くならない富を貯えることと、子供たちへユダヤ人としての優れた教育を行う、この2つを本気で大切にしてきたから、ユダヤ人は多くの分野で優れた人物を輩出してきた…”との説明に深く納得、感動してしまいました。

 

 

中央駅はベルギーの重要文化財らしく、さすがに見ごたえがあって、ホテルに戻るのが遅くなってしまいました。

 

ロビーでは、ベルギーとルクセンブルクのガイド、韓国人のウニさんが待ってくれていました。

 

 

午前は、アントワープの旧市街、市庁舎広場を歩き、ワッフルを食べました。時々、街中に自然に“大人のおもちゃ屋”が、“日本だったらこんな場所に?”と思う所に堂々とありました。

 

日本はポルノに対する規制がいい加減過ぎる、海外では考えられない等々の意見をよくテレビで聞きましたが“そうでもない”と検証されたかも?

 

 

それからルーベンスの家を見学し、ノートルダム大聖堂では“フランダースの犬”のクライマックスシーンに出てくる絵画「キリストの降架」を鑑賞しました。

 

大聖堂を出たところには、トヨタが寄贈した“ネロとパトラッシュの記念盤”がありました。

 

その後、ブリュッセルへ移動し、昼食はベルギービールの飲み比べと名物ムール貝の白ワイン蒸しを、ベルギー流に貝で挟みながらいただきました。

 

 

午後、王立美術館を見学。

 

さすがに少し美術館疲れか…。夕刻、“欧州一美しい広場”といわれるグラン・プラスを散策。

 

1847年完成のショッピングアーケードを歩き、“世界三大がっかり?”といわれる小便小僧ジュリアン君を見物。

 

チョコレート店で買い物後、自由行動。

食べ物横丁で夕食をとって、道を迷走しながら長時間かけてホテルへ到着。

 

 

6日目の朝、ホテルの前に朝市が出ており、散策して果物などを仕入れました。

 

アラブ系の人達が多く、ナンやデーツも買いました。

 

デーツはおたふくソースの原料にも使われており、栄養価の高い食べ物。

 

 

ホテルを出て、アルデンヌ地方の古城、モダーヴ城を観光。

 

 

次に、“世界で一番小さな町?”といわれるデュルビュイを観光。

 

考えれば、ヨーロッパはどうも“〇〇で一番〇〇”というのが好きなようで、〇〇だらけですが、行ってみると、だいたいアピールするだけのことはあります。

 

石畳の小路を歩いて美しく小さな町並みを散策し、自由行動。皇太子殿下が昼食をとられた“イノシシ亭”もお客様と見に行きました。

 

 

町のレストランで昼食をとって出発。

 

 

夕刻、オルヴァル修道院を見学し、修道院で作られたチーズ等を買いました。

 

 

出発後、あっさり国境を通過して、ルクセンブルクに入国し、ホテルに到着。

 

 

 

7日目、ルクセンブルクのガイドさんも同行して、世界遺産の町並みを歩きました。

 

憲法広場やノートルダム聖堂、サン・ミッシェル教会、ボック(要塞)などをまわり、大公宮のバルコニー前で記念撮影。その後、自由行動をとりました。

 

 

小国ルクセンブルクでは特に目立ちましたが、旅行中は日本人より圧倒的に中国人観光客(台湾や香港も含んでいると思います)に多く出会いました。

 

 

町のレストランで昼食後、ベルギーへ再入国してブリュッセルへ。

 

 

途中、ヴェーヴ城を見学。

 

ベルギーやオランダは日本の皇室とも親交が深く、皇太子殿下が訪れられたときの写真が飾られていました。

 

先般は、皇后様がベルギー王室の葬儀に参列されたことも記憶に新しいです。

 

ほか、マリーアントワネットの旦那ルイ16世から送られた食器類も展示されていました。

 

 

ブリュッセルでいったんホテルへチェックイン後、歩いて夕食の中華レストランへ行きました。

 

騒がしい大衆的な雰囲気のお店でしたが、ヨーロッパ団体食に疲れていた皆様は、お箸でガッツリ召し上がっていました。

 

人気のあるおかずは、無料でおかわりを出してくれたり、頼んでもいいないデザートのメロンや、ガイドのウニさんと添乗員の食事もサービスしてくれました。

 

7日間、ヨーロッパの旅を続けてきて、3コースの食事、長テーブルで近くの人としか会話できない状況に慣れてきていたことが、普段あまり意識していなかった“中華の凄さ”を今更に実感させてくれました。

 

当然のように10皿前後が出ていろんな料理を楽しめ、丸テーブルによって10人くらいまでですが全員が同じ距離で顔を見て話しながら食事が出来ること。

 

回転盤をまわしたりたり止めたり、嫌でもコミュニケーションをとらなくてはならないようになっています。

 

以前、テレビ番組で、丸テーブルに座りたい人の方が、四角いテーブルに座りたがる人よりも相手に対して心を開く性格であることが検証されている(ほんまでっか!?TV)と言っていました。

 

それはどうかとしても、こんなにもあらためて中華料理について考えさせられるとは!おそるべしは、中華か、それともヨーロッパの団体食か…。

 

 

ちなにみ、私個人的には3カ国の中でルクセンブルクの料理が一番美味しいと感じました。

 

 

ホテルへ戻って二次会の後、グラン・プラスの“音と光のショー”を見物。少し雨が降っていたのと、22時からという時間設定で、半分くらいのお客様が見に行かれました。

 

 

 

8日目、最後の観光は、水の都ブルージュを日帰り観光しました。運河クルーズや美しい町並みを歩いたり、自由行動などをとりました。

 

一日中どしゃ降りで、かなり大変でしたが、皆様、頑張って観光され、ボビンレースなどの御土産を仕入れておられました。

 

 

 

9日目、ホテルを出て空港へ。途中、EUの本部が車窓から見られました。ブリュッセル空港でウニさんとお別れして、空路、アムステルダムへ。乗継、帰国の途へ。

 

 

 

歩く所も多くて、たまに大雨にみまわれたり、大変なこともありましたが、お客様同士がいつも気遣いあって、ボーッとした添乗員をフォローしていただき、何とかおかげさまで無事、旅行を終えることができました。

 

 

帰国後は、今回も恒例の3つ星料亭「斎々庵」反省会を執り行い、ほとんどの方が出席いただいて、超豪華料理に舌鼓を打ちながらの旅の思い出を語り合いました。

 

 

また、これに懲りず、次回の企画にもご参加をお待ちしております。

 

大変お世話になり、有り難うございました。

 

 

 

添乗員 佐古田寛太