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台湾開教区訪問/光照寺【西本願寺台湾事務所】、西本願寺公園【台湾別院跡】、高雄・逍遥園(広島営業所)

故宮博物院鐘楼と樹心会館輪番所本堂跡光照寺3光照寺本堂光照寺コーラス隊鹿港の天后宮赤篏楼二宮一家高雄・六合夜市ビンロウ往時の逍遥園現在の逍遥園2鶯歌・陶器街あの世で使うお金?

 1月20日(月) ~ 22日(水)の日程で、20名様のご参加をいただき、台湾開教区訪問の旅を催行させていただきました。

 

出発の朝もかなり冷え込みましたが、道路の凍結もなく、皆様とも早い集合時間より早く空港にお越しいただきました。

 

中華航空のチェックインカウンターの左右は、それぞれソウル行き、上海行きでしたが、早くからこちらも混みあっていました。

私たちの少し前に、中華航空のチェックインを済ませた方が、広島空港開港以来600万人目のお客様として、テレビ取材を受け、記念品を贈呈されていました。もう10分早ければ…

しかし、中華航空も修好10周年に当たり、機内では搭乗者全員が記念品をいただきました。まさかの謝謝でした。

 

台北到着後、ガイドの何さんに出迎えてもらい、大型バスで台北市内へ出発。

両替を済ませ、この日は1台湾元が約3.7円でした(広島空港でのレートは3.9円)。

 

まずは飲茶で腹ごしらえ、台湾ビールをいただき、故宮博物院へ。近頃は大陸(中国)からのお客さんが激増しているとのことで、必見3点セット(豚角煮、白菜、象牙玉)を見るのに長蛇の列、これだけて約50分かかてしまいましたが、これでもまだマシなほうだそうです。

 

続いて、台湾の古蹟に指定され、復元が進められている西本願寺公園(台湾別院跡)を見学。日本時代に入った2年後に建てられたという歴史を持ち、米軍の空爆で大部分が倒壊しましたが、当時の材料も利用しながら復元が進められ、鐘楼、輪番所、樹心会館、本堂跡や参道が見られました。場所は、地価も最も高いといえる台北の一等地で、よく保存してくれたものだと思いました。

これについては、国民党が政権与党に返り咲いた現状で、よく日本時代のものを残してくれたものだとか、やはり台湾は親日家が多いからか、などなど勝手に思いを巡らせましたが、どの時代にかかわらず、例えば大陸と比べて圧倒的に少ない台湾の歴史遺産を大切な自分たちの歴史の証人として保存していきたいという運動が進められているようです。日本からの援助や運動があったかどうかまでは、よくわかりませんでした。

 

 

夕刻、台北駅から2007年に日本の新幹線の技術を導入して開通した台湾高速鉄道に乗車し、台中へ移動。市内レストランで夕食をとり、福華大飯店に宿泊。広い部屋、大きなベッドが好評でした!この日は、少人数の反省会を開催して、就寝。

 

翌朝、ホテルを出発。外ではまるで台風のようにヤシの木が揺れていましたが、幸いにも天気予報が外れて、雨は降らずじまい。朝一番、台湾開教事務所・光照寺を参拝。陳所長、坊守様をはじめ、仏婦、仏壮会員、コーラスメンバーなどの皆様(15名様くらい?)が、拍手でお迎えいただきました。本堂で讃仏偈をおつとめし、2階のホールで交流会をセッティングいただきました。お互いのメンバー紹介の後、光照寺合唱団による4曲のコンサートがあり、こちらも負けずにコーラス隊が“青い山脈”をご披露。現地の皆様のおもてなしによって、大変盛り上がり、お別れを惜しみながらの出発となりました。

 

昔は「一府、二鹿、三艋舺」(一に台南の平安、二に鹿港、三に台北の萬華)と、中国との貿易で栄えていた町・鹿港(ろっこう/ルーガン)に立ち寄り。福建省眉州の天后宮から迎えられた台湾最古の媽祖像(航海や漁業の神様)を安置する天后宮を見学。いったん媽祖像に背を向け外に向かってお祈りする作法や、あの世で使う札束などにビックリしました。港町らしい海鮮料理の昼食をとって、出発。

 

午後、かつて都が置かれた町・台南を訪れ、鄭成功ゆかりの赤嵌楼を観光。台南は戦時も空爆がほとんどなかったとの事で、どこかノスタルジックな町並み。日本時代の建物もチラホラ見かけることができました。

 

夕刻、第二の都市・高雄に入り、ショッピング。夕食の後も六合夜市を散策しました。

最後の夜は、スナック佐古田に、超満員のお客様が詰めかけていただき、ドリンクをきらして買い出しにはしること3回。閉店時間は覚えていません。お疲れ様でした。

 

最終日、ホテルからすぐ近くにある、かつての大谷光瑞師の別邸・現地の若者を教育した

逍遥園を訪れました。老朽化が激しく立ち入りはできませんでしたが、日本から送られたらしき当時の姿を映した写真が飾られてありました。逍遥園については、管理するはずの国防部が何もせず荒れ放題の状態であることに抗議した高雄師範大学研究生の徐敏思(女性=古跡の保護運動に何度も参加したことがあるらしい)さんが「以三點全露的行為藝術(全裸になる芸術行為)」で逍遥園の保護を訴えるという事件?まで起きたそうです。

徐さん、有り難う!

ちなみに、往時の写真は、日本の加藤さんという方が撮影したものでした。

 

続いて日本時代に市役所であった建物を利用した高雄市歴史博物館を見学。単純に日本時代の建築をご覧いただくつもりが、この日は2.28事件の特別展示が行われており、朝にはヘビーな見学内容となりました。

 

再び、台湾高速鉄道に乗って、台北近くの板橋で下車。そこから貸切バスで陶磁器の町・鶯歌へ。最後の昼餐は、時間がなくて肉ラーメンと缶ビールでせわしいお食事となってしまいました。食後M、鶯歌の町を散策して、台北空港へ。

 

何さんとお別れし、帰国の途へ。

広島空港で解団式を行い、楽しかった旅も、あっという間に解散を迎えました。短い日程でしたが、台湾の魅力を感じていただき、良い思い出は残りましたでしょうか?

また近いうちに、反省会で豪快にランメンを貸し切って、皆様とお会いできることを願っております。有り難うございました!

 

※追伸:3.11大震災後、台湾からいただいた支援は救助隊63名、義捐金は約2億8千万円+104億円、支援物資500t以上です! 

 

添乗員 佐古田寛太