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法然上人 讃岐ご旧跡参り(広島営業所)

法然寺1正宗寺1正宗寺2正宗寺3法然寺2法然寺3西念寺3西念寺2西念寺4旧金毘羅大芝居善通寺1善通寺2塩飽本島1塩飽本島4塩飽本島5塩飽本島6塩飽本島8塩飽本島11塩飽本島14野崎邸2児島ジーンズ・桃太郎お見送り

 

 早や3か月経ってしまいましたが、6月上旬、讃岐と塩飽諸島に残る法然上人ご旧跡参りの旅に添乗させていただきました。

 

 

 思い起こせば今年は例年より早く5月下旬に梅雨入りしましたが、6月も比較的雨は少なく、7月も夏らしい日が少なかったです。8月に入ると、さらに毎日のように雨が降ったり止んだりを繰り返し、ついに下旬、広島は大変なことになってしまいました。

 

 事故発生から比較的早くボランティア活動が開始され、週末には定員オーバーとなってしまうほどの支援者が県内各地より駆けつけています。

 

 

 この2日間の旅も、梅雨にも関わらず、比較的天候に恵まれた2日間でした。

  

瀬戸大橋を渡っり、石垣が素晴らしい丸亀城のそばを通りながら、法然上人櫂堀の井戸のご旧跡・正宗寺(浄土真宗本願寺派)を参拝。

 

ここは、讃岐に上陸された法然上人が、真水を得るために舟の櫂を使って掘ったと伝わる“櫂堀の井戸”のご旧跡です。正宗寺は、もとは浄土宗寺院でしたが、徳川時代が終わり、宗門をとりまく状況も変わったためかどうか、はっきりしたことはわかりませんが、明治の初め頃、浄土真宗に転宗したそうです。もし、承元の法難が無かったら、今日の浄土教宗派はどのようになっていたでしょうか?

 

なお、すぐ近くの浄土真宗の別院がある辺りが、法然上人御上陸地と伝えられています。

 

おつとめの後、正宗寺の住職様より、法然上人についてお話しいただき、櫂などの宝物や井戸をご案内いただきました。いつもご夫妻でとてもご丁寧にお迎え下さいます。

 

 高松で昼食の後、法然上人25霊場2番札所である仏生山法然寺を参拝しました。住職様からお話しと“讃岐の寝釈迦”で有名な三仏堂をご案内いただきました。

昨冬に二尊堂という伽藍を焼失してしまったと知り、大変残念です。

 

ところで、仏生山は“讃岐うどん発祥の地”だそうです!?竜雲学園の皆さんが、讃岐うどんを販売されていました。駐車場横にうどん屋さんもあり、お昼は地元のお客さんでかなり混み合っていました。夏場はソフトクリームもおすすめです。

 

 夕方、満濃池で有名な満濃町へ入り、小松庄生福寺の遺跡である西念寺を参拝しました。法然上人が滞在された生福寺は、当時は真言宗のお寺であったそうですが、生福寺はその後に廃寺となったのか、その跡に再建されたのが浄土宗西念寺だそうです。

 

住職様からお話しをいただいて、上御自筆と伝えられる「宝瓶の御影」など宝物を拝観させていただきました。また、境内の少し小高いところに「法然上人分骨御廟所」があり、お参りしましたが、こちらは御弟子の堪空上人が、ご縁の深いこの地に分骨したと伝えられています。

 

こちらは大型バスですと10分くらい離れた場所から歩かなくてはなりませんが、中型は300mくらい手前まで入りました(そこから進入禁止)。小型バスは門前まで可。

 

 

ご旧跡3ケ寺をお参りし、琴平温泉へ。チェックイン前、時間的にギリギリではありましたが、“日本最古の芝居小屋”旧金毘羅大芝居を見学いただき、琴平温泉「紅梅亭」宿泊。

 

 

翌朝、ホテルを出発して、弘法大師生誕の地・善通寺(真言宗大本山)へ。境内奥、五重塔(数年前、重要文化財に指定されたそうで、日本で3番目の高さを誇る立派な塔)のそばにある「法然上人逆修の塔」へお参りしました。逆修の塔とは、“生前墓”のことだそうです。

 

史実となっているのかどうか、詳しくは存じませんが、この地に逆修の塔があるのは興味深いです。

讃岐を訪れた法然上人が、自力他力の枠にとらわれず、当時より数百年も前から日本の人々の心の支え続けておられる弘法大師を、日本仏教の先輩として尊重され善通寺へ参られたのかなあと。法然上人の御人柄を偲ぶことができるエピソードだと思いました。

 善通寺では、今年開創1200年を迎える四国霊場を巡拝するお遍路さんの団体と出会いました。

 

 

善通寺を出て、丸亀港からフェリーに乗り、約30分のクルーズで塩飽諸島の塩飽本島へ。

 

塩飽水軍の本拠地であり、また咸臨丸の乗組員を多数輩出した島・塩飽本島は、明治までどの大名の下に属することもなく、独立した自治権を持っていました。また、塩飽の船大工はやがて寺社の建築大工等に転じていき、善通寺の五重塔や吉備神社の拝殿などを建造したあそうです。

 

塩飽諸島の中心・塩飽本島は、法然上人が淀川を下り、播磨から讃岐へ渡る途中、お立ち寄りになったというご旧跡です。

 

 

港で島のガイドさんと合流し、勤番所跡を見学した後、法然上人が滞在されたという笠島地区の専称寺をお参りしました。普段は住職様がおられないそうで、檀家の方が本堂を開けていただき、おつとめしました。

 

その後、少し町並みを歩いて笠島港から貸切船に乗り、真下から眺める瀬戸大橋は絶景でした。児島港にて昼食。午後、塩御殿の野崎家旧宅を見学して、帰路へ。

 

 

 法然上人が讃岐に滞在されたのは、わずか10か月ほど、塩飽諸島は数日であったと思われますが、法然上人もこの瀬戸内の多島美風景をご覧になったんだとと思うと、法然上人を少し身近に感じることができるような気がしました。是非おすすめしたいコースです。

 

引率御住職様、寺族様、檀信徒の皆様、有り難うございました!

 

 

添乗員 佐古田寛太