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築地本願寺“音御堂”音楽法要(広島営業所)

①音御堂パンフ②歌舞伎座③築地本願寺④築地本願寺⑤築地本願寺⑥土生先生之碑⑦大瀛和上の塔⑦スカイツリー⑧おあさじ⑨パイプオルガン⑫皇居外苑⑩皇居外苑⑫浅草仲見世⑬浅草寺⑭スカイツリー⑮国会議事堂⑯東京駅

 

 

 

6月28日、親鸞聖人関東伝道800年慶讃法要の記念行事として、築地本願寺での“音御堂”音楽法要がおつとめされました。

 

安芸教区からに参加された仏教讃歌のコーラスグループに同行させていただきました。

 

 

 

 

当日は、たしか全国的に雨。東京駅では雨の中、タクシーをひろって、途中、歌舞伎座へ寄りながら、築地本願寺へ。

 

 

 

 

 

 

12時過ぎから開始となりましたが、この度の法要を記念して武田鉄矢さんが作詞をした「あたりまえの唄  ~いのちかがやき~」や仏教讃歌など、本堂はパイプオルガンの演奏や、全国各地から参加されたコーラスグループの歌声でいっぱいに包まれました。

 

 

 

 

 

 4時頃、法要が終わると、皆様は、とうきょうスカイツリーツアーに参加されましたが、出発前、境内にある「土生玄碩のお墓」へ。

 

 

 

 

 安芸高田市吉田町の出身とお客様から教えていただきましたが、江戸後期の眼科医で、12代将軍の眼病治療も行ったほどの名医だったそうです。

 

 

 何度も築地へ参っていましたが、「大瀛和上の塔」の存在は知っていても、土生玄碩という方のことは初耳で、築地本願寺境内に広島出身の方の碑が2つもある!とビックリしました。

 

 

 

 ちなみに東京都教育委員会の案内板によると、土生玄碩さんはシーボルト事件に巻き込まれて江戸を追放され、1848年に87歳で亡くなってから、土生家の菩提寺である築地本願寺中眞龍寺に葬られましたが、昭和3年の区画整理の際、築地本願寺境内に改葬されたとの事です。

 

 

 

 

 

 

 あいにくの天気で、スカイツリーからの眺めはイマイチだったそうですが、すっかり暗くなってから、築地へ戻って来られました。

 

 

 

早朝からの出発であったため、少々お疲れ気味の皆様と合流して、お寿司をいただいて、ホテルへ帰りました。

 

 

 

 

 

 

 

  翌朝、お晨朝に参拝。朝食は、さすがに“寿司以外”でとなって、時間的にもかなりギリギリのスケジュールのなか、ファミリーレストランでおとりいただきました。

 

 

 

午前は、慶讃法要の記念講和聴聞班と、都内観光班にわかれて過ごしました。

 

 

 

観光班は、皇居東御苑へ。ようやく晴れ間が見え始めました。

 

 

大手門前でガイドさんと合流しましたが、何と戦時中は庄原へ疎開されていたという大先輩。

 

 

ご高齢ながら、赤いベレー帽が御茶目で、冗談好きで、皆様との会話も盛り上がりました。

 

とにかく戦争は嫌だ!と言っておられました。

 

 

 

 

 その後、観光班はガイドさんとお別れして、浅草へ。

 

 

 

 

仲見世を散策しましたが、この頃にはかなり晴れあがり、すっかり暑くなり、汗をふきふき、天麩羅の昼食をおとりいただきました、

 

 

 

 

午後は、お聴聞班も合流され、全員そろって国会議事堂を見学。日曜日で、はとバスツアー1団体と、個人の若い人がたくさん(女性が多かった)見学に来ていました。

 

 

 

 最後は、一昨年、修復を終えた東京駅丸の内駅舎前で記念撮影をして、構内で最後の買い物を済ませて、帰広しました。

 

 

皆様にはご負担をかけまして、とてもその分お役に立てませんでしたが、少人数の家族旅行のような、ほのぼのとしたコーラス隊にご一緒させていただき、本当に有り難うございました。また、お会いできる機会を楽しみにしております。

 

 

 

 添乗員 佐古田寛太